細胞が熱ストレスを感知する新しい仕組みを発見

1.発表者

東京大学 アイソトープ総合センター 教授 秋光信佳

2.発表のポイント

  • 細胞が熱ストレスに応答する仕組みとしてこれまで想定されていなかった全く新しい仕組みを発見した。
  • 熱ストレスによって、細胞核内にできる新しい構造体を発見した。
  • 熱ストレスに対して細胞が抵抗する仕組みを分子レベルで解明することで、癌温熱療法の開発などに貢献する。

3.発表概要

 熱ストレスに対する細胞の反応(専門的には「熱ショック応答」とも呼びます)は、ほとんどの生物が持つ普遍的生命現象であるため、長年多くの研究者を魅了してきました。そして、熱ショックタンパク質(heat shock protein, HSP)というタンパク質、およびHSPを作るためのHSF (heat shock factor)1という転写因子による遺伝子発現制御、の2つが中心的メカニズムと理解されてきました。これをHSF1-HSP経路とも呼びます。一方、次世代シーケンス技術などの最新技術をつかった研究から、HSF1-HSP経路以外にも熱ショック応答の仕組みがあると想定されていましたが、未解明でした。

 今回、東京大学アイソトープ総合センターの秋光信佳教授らのグループは、ドイツの研究グループと共同で、新しい熱ショック応答の仕組みを発見しました。近年、液液相分離という生化学的現象が注目されていますが、熱が引き起こす液液相分離が細胞核内に新しい構造体(「火の粉」にちなんでHiNoCo bodyと名付けました)を作りだし、この「HiNoCo bodyの形成」が細胞内熱センサーである可能性を提唱したのです。

 熱ショック応答という進化的に保存された重要な生命現象の理解が深まります。また、熱ストレスは癌温熱療法などの医療にも応用されるため、新しい医薬品や医療技術の開発にも貢献できると期待しています。

4.発表内容

 熱ストレスに対する細胞の反応(専門的には「熱ショック応答」とも呼びます)は、ほとんどの生物が持つ普遍的生命現象であるため、長年多くの研究者を魅了してきました。そして、熱ショック応答では、HSF (heat shock factor)1という転写因子が一群の遺伝子発現を活性化すること、そしてHSF1によって活性される遺伝子のなかに熱ショックタンパク質(heat shock protein, HSP)と呼ばれる一群のタンパク質が含まれていることが分かりました。HSPのなかには、他のタンパク質の高次構造を維持する働きをするものがあり、この働きがあることで、熱によるタンパク質の変性を防ぐと考えられてきました。これをHSF1-HSP経路とも呼びます。

 近年、次世代シーケンサーを使って、一度に数万種類以上の遺伝子発現を網羅的に調べる研究手法が飛躍的に発展しました。最近、この次世代シーケンサーを使った解析から、熱ショック応答ではHSF1-HSP経路以外の経路で遺伝子発現をコントロール仕組みがあることが予想されるようになりました。ところが、HSF1に変わる新しい転写因子は見つからず、生命科学上の謎になっていました。

 細胞内に多種多様なRNAやタンパク質が互いに相互作用しあいながら適切に働いています。この細胞内の分子間相互作用の新しい様式として、液液相分離(phase separationとも呼ばれます)という仕組みが注目されています。液液相分離とは、RNAとタンパク質が互いに結合し合うことで一つの分子集団を形成する現象です。この現象に注目することで、これまで理解できなかった酵素反応の調節の様式などが理解できるようになってきました。

 液液相分離では、長鎖ノンコーディングRNAと呼ばれるタンパク質情報を持たない機能性分子が重要な役割を果たすことがしばしばあります。東京大学アイソトープ総合センターの秋光教授らのグループは、長年、長鎖ノンコーディングRNAの働きを研究してきました。そして今回、ドイツの研究グループと共同で、長鎖ノンコーディングRNAのひとつであるMALAT1と呼ばれるRNAが熱に応答して新しい構造体(「火の粉」にちなんでHiNoCo bodyと名付けました)を細胞核内に作ることを発見しました。さらに、HiNoCo bodyは液液相分離によって形成される証拠をつかみました。さらに、MALAT1を無くした細胞が熱に弱くなることを確認したことから、HiNoCo bodyが熱ショック応答において重要な働きをしていることも見いだしました。そのうえ、HiNoCo body形成がHSF1とは異なる新たな熱ショック応答機能である証拠も得ました。以上の一連の発見から、「HiNoCo bodyの形成」が細胞内熱センサーである可能性を提唱したのです。

 今回の発見が契機となって、熱ショック応答という進化的に保存された重要な生命現象の理解が深まることが期待できます。また、熱ストレスは癌温熱療法などの医療にも応用される仕組みですので、今後、HiNoCo bodyに着目した新しい医薬品や医療技術の開発にも貢献できると期待しています。 

5.発表雑誌

雑誌名:「Journal of Cell Science」(オンライン版の場合:5月24日)

論文タイトル:Identification of a heat-inducible novel nuclear body containing the long noncoding RNA MALAT1

著者:Rena Onoguchi-Mizutani , Yoshitaka Kirikae , Yoko Ogura , Tony Gutschner , Sven Diederichs , Nobuyoshi Akimitsu*

DOI番号:doi.org/10.1242/jcs.253559

論文URL:https://journals.biologists.com/jcs/article/134/10/jcs253559/268337/Identification-of-a-heat-inducible-novel-nuclear?guestAccessKey=29b328e1-c465-494b-8b85-d2d64c777857

6.問い合わせ先

秋光 信佳
電話:03-5841-3057
メール:akimitsu@ric.u-tokyo.ac.jp