松尾 基之

松尾 基之(まつお もとゆき)
東京大学 アイソトープ総合センター 特任教授

日本放射化学会教育部会副部会長
放射化分析研究会副代表幹事
放射線業務従事者

専門分野
放射化学、環境分析化学

研究内容

物質の化学状態から環境を見る!

貧酸素水塊環境下にある東京湾底質の非破壊状態分析と放射能分析から読み解く堆積環境

東京湾では浚渫窪地が貧酸素水塊発生のトリガーになっている可能性が指摘されています。我々は過去に発生した貧酸素水塊の履歴が直下の堆積物に記録されているものと捉え、堆積物を鉛直方向に採取して元素の化学状態を分析することで、貧酸素水塊と浚渫窪地の堆積環境との関連性を検討しました。サンプリングは千葉県幕張沖の浚渫窪地内および窪地外の自然海底と横浜沖で実施しました。57Feメスバウアースペクトルより、層別試料の鉄の化学状態別存在比を求めた結果、横浜沖が幕張沖に比べて酸化的であり、浚渫窪地が最も還元的であることが推定され、溶存酸素量のよい指標となることが示唆されました。また、堆積物中に含まれるredox sensitiveな元素の濃度にも着目して、水質の酸化還元状態との関連性を検討しました。その結果、浚渫窪地では酸化状態の指標であるMnの濃度が低くなっており、他地点に比べ特異的に還元的環境であることが分かりました。Ce/UおよびTh/U比の値からも、横浜沖<幕張沖自然海底<幕張沖浚渫窪地の順に還元的環境になっていることが分かりました。本法は、底質の酸化還元状態をより緻密に調査する上で大いに有効であることが明らかとなりました。

メスバウアー分光法によるFeを含むペロブスカイト型酸化物の物性と機能に関する研究

酸素貯蔵物質は、酸素分圧や温度の変化によって起こる遷移金属イオンの価数変化を利用して酸素を結晶格子内に出し入れすることができることから自動車の排ガス浄化用三元触媒等への応用が期待されています。例えばBaFeO3−δのFeサイトにInを一部置換すると酸素欠損配列が不規則なペロブスカイト構造になり、酸素吸収放出特性が向上することが明らかになっています。我々は、57Feメスバウアー分光法により、本物質中のFeの化学状態が、脱ガス後の酸素欠損量δが多い試料では緩和効果が大きいFe3+の反強磁性、吸ガスによりδを減じるとFe3+とFe4+が混在する常磁性になることを解明しました。このようにFeを含む機能性材料に対するメスバウアースペクトルは還元種(Fe)の直接的な情報が得られるため、かかる材料の特性解明のための重要な知見となり得ます。最近では、SrFeO3−δのSrにサイトにYを置換しても酸素欠損配列が不規則化することが判明し、Fe量を減ずることがない新たな酸素貯蔵材料としての可能性が見出され、さらなる研究を進めています。

製鋼スラグを利用した藻場再生用施肥材から海域への鉄溶出特性の解明

近年、日本沿岸各地で藻場の減少(磯焼け)が問題となっています。褐藻の生活史から溶存鉄の欠乏がその一因として考えられ、我々は、製鋼スラグと堆肥(腐植物質)を混合した鉄分供給ユニットを利用した藻場再生技術の実用化に向けて、技術の基盤をなす鉄溶出特性の解明を目指した基礎データの蓄積を行いました。実験室内および300リットル水槽での鉄溶出試験および河川・海域の水質環境調査の結果、鉄溶出は還元環境下が有利であり、スラグと堆肥の混合により鉄の還元溶出に関わる嫌気性微生物の活性化をもたらすことが示されました。鉄溶出時の酸化還元状態の違いによる鉄存在形態に関する知見を得るためには、57Feメスバウアー分光法を用いました。また、海域に供給される陸域由来の鉄は有機物の挙動と関連があり、河川流域の土地利用が影響していることが示唆されました。

本研究に関する研究費

  • 2010~2013年度 基盤研究(B)
    「貧酸素水塊環境下にある堆積物の非破壊状態分析に基づく環境変動評価」(研究代表者)
  • 2013〜2016年度 基盤研究(A)
    「大強度パルス及び連続中性子を駆使した革新的元素・同位体分析技術の開発と応用・評価(代表 海老原充)」(研究分担者)
  • 2015〜2018年度 基盤研究(C)
    「貧酸素水塊環境下にある東京湾底質の非破壊状態分析と放射能分析から読み解く堆積環境」(研究代表者)
  • 2016~2018年度 基盤研究(B)
    「製鋼スラグを利用した藻場再生用施肥材から海域への鉄溶出特性の解明(代表 山本光夫)」(研究分担者)
  • 2018〜2020年度 基盤研究(C)
    「鉄の化学状態と放射性セシウムから読み解く貧酸素水塊下にある東京湾底質の堆積環境」(研究代表者)

研究論文

  1. Relationship among the local structure, chemical state of Fe ions in Fe-O polyhedra, and electrical conductivity of cubic perovskite Ba1−xSrxFe0.9In0.1O3−δ with varying number of oxide ion vacancies, F. Fujishiro, C. Sasaoka, M. Oishi, T. Hashimoto, K. Shozugawa and M. Matsuo, Materials Research Bulletin, 133, 111063 (2021)
  2. Biodegradation and structural modification of humic acids in a compost induced by fertilization with steelmaking slag under coastal seawater, as detected by TMAH-py-GC/MS, EEM and HPSEC analyses, H. Iwai, M. Yamamoto, M. Matsuo, D. Liu and M. Fukushima, Analytical Sciences, 37, 977-984 (2021)
  3. Landside tritium leakage over through years from Fukushima Dai-ichi nuclear plant and relationship between countermeasures and contaminated water, K. Shozugawa, M. Hori, T.E. Johnson, N. Takahata, Y. Sano, N. Kávási, S.K. Sahoo and M. Matsuo, Scientific Reports, 10, 19925 (2020)
  4. Mechanism of the elution of iron from a slag-compost fertilizer for restoring seaweed beds in coastal areas - Characteristic changes of steelmaking slag and humic acids derived from the fertilizer during the elution process, M. Yamamoto, H. Iwai, M. Matsuo, D. Liu and M. Fukushima, Analytical Sciences, 36, 545-551 (2020)
  5. Oxygen absorption and desorption behavior of Ba0.5La0.5FeO3-δ and its effect on crystal structure and electrical conduction property, T. Okiba, K. Shozugawa, M. Matsuo and T. Hashimoto, Solid State Ionics, 346, 115191 (2020)
  6. A study on evaluation of redox condition of Tokyo Bay using chemical states of sedimentary iron as an indicator by means of Mössbauer spectroscopy, M. Komori, K. Shozugawa, Y. Guan and M. Matsuo, Hyperfine Interactions, 240:115, DOI: 10.1007/s10751-019-1653-0 (2019)
  7. えびの高原硫黄山噴火により河川に流入したヒ素の動態評価, 高倉凌・小豆川勝見・堀まゆみ・楊翩翩・松尾基之, 環境化学, 29, 183-188 (2019)
  8. Constraints on the P-T conditions of high-pressure metamorphic rocks from the Inyoni shear zone in the mid-Archean Barberton Greenstone Belt, South Africa, D. Kato, K. Aoki, T. Komiya, S. Yamamoto, Y. Sawaki, H. Asanuma, T. Sato, Y. Tsuchiya, K. Shozugawa, M. Matsuo and B.F. Windley, Precambrian Research, 315, 1-18 (2018)
  9. Analysis of phase transition by variation of oxide ion content in BaFe0.9In0.1O3−δ as oxygen storage material using Mössbauer spectroscopy - discovery of magnetic phase transition with cubic structure maintained, F. Fujishiro, M. Izaki, C. Sasaoka, T. Hashimoto, K. Shozugawa and M. Matsuo, Materials Letters, 228, 497-499 (2018)
  10. Oxidation of antimony (III) in soil by manganese (IV) oxide using X-ray absorption fine structure, L. Fu, K. Shozugawa and M. Matsuo, J. Environmental Sciences, 73, 31-37 (2018)