張 宰雄
張 宰雄(ジャン・ジェウン)
東京大学 アイソトープ総合センター 助教
研究内容
【電子線形加速器による次世代医療用アイソトープの創出】
電子線形加速器・活性炭法を用いたテクネチウム製剤の創薬
テクネチウム製剤の原料であるテクネチウム99m(99mTc)は、特定の臓器の働きを可視化することで骨転移や狭心症、脳梗塞などの様々な病気の診断に用いられる医療用アイソトープです。その優れた物理学的・化学的性質のゆえに、世界の核医学検査の約80%を担うほど、99mTcは核医学に欠かせない重要な医療用アイソトープです。99mTcは、製薬会社又は病院の核医学科(放射線科)にて、モリブデン99(99Mo)という別のアイソトープを含む化合物に化学的操作を加えることで得られます。
近年、99Moを製造する海外の研究炉の老朽化に伴い、病院への99mTc供給が不安定となっています。そこで本研究では、国内の電子線形加速器を利用して99Moを製造し、さらに、独自の活性炭カラムクロマトグラフィーを用いて高品質の99mTcを分離抽出する方法(電子線形加速器・活性炭法)の開発を行っています(図 1)。具体的には、電子線形加速器・活性炭法を用いて高い放射能濃度の99mTc分子イオンを製造し、特定の臓器・組織に集積する化合物や抗体と結合させ、小動物実験を行うことでその薬効を評価しています。いつか電子線形加速器・活性炭法由来テクネチウム製剤が医療現場に展開されることを目指し、実験と改善を積み重ねています。
医療用アイソトープ製造用電子線形加速器の基礎設計
電子線形加速器はその利用目的によって求められる電子ビームのパラメータが大きく変わります。例えば、エミッタンスと呼ばれるパラメータはパルスラジオリシス用電子線形加速器やシンクロトロン入射器用電子線形加速器では非常に重要な役割を担いますが、医療用アイソトープの製造においてはそれほど重視されません。エミッタンスよりもむしろ、約30MeV以上の高エネルギー電子ビームを低コストかつ大電流で、しかも安定的に加速できるかが問われます。本研究では、このような要求仕様に基づいたビームダイナミクスシミュレーションと解析を行い、医療用アイソトープの製造に最適な電子線形加速器の基礎設計を行っています(図 2)。
電子線形加速器を用いた次世代医療用アイソトープの製造
電子線形加速器は、99mTcの他にも様々な医療用アイソトープの製造に利用できます。これまで「加速器を用いた医療用アイソトープの製造」といえば、サイクロトロンという円形のイオン加速器が主流となっていました。ところが近年、前述の99mTc製造研究をきっかけに、電子線形加速器を用いて新規の医療用アイソトープを製造する試みが行われています。その結果、スカンジウム47(47Sc)や銅67(67Cu)、ルテチウム177(177Lu)、アクチニウム225(225Ac)といったがん治療用次世代アイソトープが効率的に製造できることが示されています(図 3)。
本研究では、電子線形加速器を用いた医療用アイソトープ製造のシミュレーションと実験、化学的分離精製、化合物や抗体との結合、そしてマウス実験まで一貫した研究を行い、次世代医療用アイソトープの創出を図っています。電子線形加速器が得意とする次世代医療用アイソトープを見いだし、電子線形加速器とアイソトープそれぞれの更なる可能性を引き出したいと考えております。
著書(分担執筆)
*責任著者
- J. Jang*. Electron linear accelerator for medical radionuclide production. In Advances in Accelerators and Medical Physics. Ed. by T. Shirai, T. Nishio, and K. Sato. Chap. 27, 281–297. Elsevier/Academic Press, 2023. ISBN: 978-0-323-99191-9.
論文
*責任著者、co-first共同筆頭著者
- R. Imuraco-first, J. Jangco-first, A.N. Ozeki, H. Takahashi, H. Ida, Y. Wada, Y. Kumakura*, and N. Akimitsu. Click Chemistry Enables [89Zr]Zr-DOTA Radioimmunoconjugation for Theranostic 89Zr-immunoPET. Bioconjugate Chemistry 35, 1744–1754 (2024).
- J. Jang*, S. Sekimoto, T. Ohtsuki, K. Tatenuma, A. Tsuguchi, and M. Uesaka. A quantitative description of the compatibility of technetium-selective chromatographic technetium-99m separation with low specific activity molybdenum-99. Journal of Chromatography A 1705, 464192 (2023).
- J. Jang*, Y. Kumakura, K. Tatenuma, A.N. Ozeki, Y. Wada, N. Akimitsu, A. Tsuguchi, H. Kikunaga, S. Higaki, and M. Uesaka, A preliminary biodistribution study of [99mTc]sodium pertechnetate prepared from an electron linear accelerator and activated carbon-based 99mTc generator, Nuclear Medicine and Biology 110–111, 1–9 (2022).
- J. Jang*, H. Kikunaga, S. Sekimoto, M. Inagaki, T. Kawakami, T. Ohtsuki, S. Kashiwagi, K. Takahashi, K. Tsukada, K. Tatenuma, and M. Uesaka, Design and testing of a W-MoO3 target system for electron linac production of 99Mo/99mTc, Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section A: Accelerators, Spectrometers, Detectors and Associated Equipment 987, 164815 (2021).
- 尾関 政文*, ジャン ジェウン, 上坂 充, 山本 昌志.「実用99Mo/99mTc製造用35MeV/35kW小型Sバンド電子ライナック線源の設計」『第16 回日本加速器学会年会プロシーディングス』(京都市). 東京: PASJ, 2019, 937–941.
- J. Jang* and M. Uesaka, Influence of enriched 100Mo on Mo reaction yields, Journal of Physics Communications 3, 055015 (2019).
- J. Jang*, M. Uesaka, and M. Yamamoto. Photonuclear production of self-targeting medical radionuclides using an X-band electron linear accelerator: A feasibility study. In Proceedings of the 14th Annual Meeting of Particle Accelerator Society of Japan, PASJ 2017 (Sapporo, Japan). Tokyo: PASJ, 2017, 740–742.
- J. Jang*, M. Yamamoto, and M. Uesaka, Design of an X-band electron linear accelerator dedicated to decentralized 99Mo/99mTc supply: From beam energy selection to yield estimation, Physical Review Accelerators and Beams 20, 104701 (2017).
- J. Jang*, M. Uesaka, and M. Yamamoto. Development of a compact X-band electron linac for production of Mo-99/Tc-99m. In Proceedings of the 7th International Particle Accelerator Conference, IPAC 2016 (Busan, Republic of Korea). Geneva: JACoW, 2016, 1917–1920.
競争的研究費
- 福島国際研究教育機構 令和5年度委託事業「加速器を活用したRIの安定的かつ効率的な製造技術の開発」
「大学・機関連携による有用RI製造技術の開発と専門人材育成」(業務従事者)、研究期間:2024年2月-2030年3月 - 科研費 若手研究
「天然モリブデンの光核反応を用いた高放射性核種純度のテクネチウム99mの製造」(研究代表者)、研究期間:2023年4月-2026年3月 - 科研費 国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))
「Radio-theranostics技術の開発、および国際共同研究コンソーシアムの構築」(研究分担者)、研究期間:2022年10月-2026年3月 - 科研費 研究活動スタート支援
「電子リニアックを用いた標的アイソトープ治療用核種の製造とその薬剤の薬効評価」(研究代表者)、研究期間:2022年8月-2024年3月