和田 洋一郎

和田 洋一郎(わだ よういちろう)
東京大学 アイソトープ総合センター 教授

大学院工学系研究科 先端学際工学専攻(先端科学技術研究センター) 兼務
大学院医学系研究科 分子細胞生物学 兼任
総長補佐 (2016年度)
第一種放射線取扱主任者

専門分野
放射性医薬品開発、放射線影響学

研究内容

ロボットシステムを活用した放射性医薬品開発

短寿命α線放出核種をつかった医薬品開発が急速に進展しています

がん患者初診時において約1/3は隣接臓器浸潤や遠隔転移を伴う進行がんであることから、外科的切除などの治療の適応がありません。現在、化学療法や免疫療法によって治療されますが、まだ生存率が2割に留まっています。このような初診時進行がんに対する治療法として、近年α線放出核種をがん細胞に直接届ける核医学療法の有効性が実証され、現在医薬品開発が急速に進んでいます。
 α線は飛程が短いので、α線を放出する核種を抗体やペプチドなどを用いたドラッグデリバリーシステムを用いて悪性腫瘍細胞へ特異的に届けることによって、γ線やβ線を放出する他の核種に比べて高効率でがん細胞だけを攻撃し、正常な細胞へのダメージを減らすことができます。また半減期の短い所謂“短寿命”核種であることから、治療効果を発揮した後速やかに消滅して、正常組織の被ばくを抑制することができます(図1)

ヒューマノイド型ロボットによるα線放出核種の安全で効率的な取扱いが必要です

例えばα線放出核種であるアスタチン-211や、アクチニウム-225は、サイクロトロンによって粒子ビームをターゲット物質に照射することによって製造・精製された後、ドラッグデリバリーシステムとして使われる抗体やペプチド等に化学的に結合されます。現在我が国においてα線放出核種は、他のγ線やβ線放出核種と比べて20倍厳密に管理することが法律で定められているため、その利用に関わる作業者の安全を確保するとともに、今後増大するニーズを満たすアスタチン-211を大量かつ安定的に製造するためには、一連の作業効率を大きく改善する必要があります。
 そこで、私達はその精製と標識の行程を自動化することによって、この問題を解決したいと考えています。従来、数理科学者との共同研究において、ヒト研究者では困難な、1分間隔で生命現象を観察するための迅速で正確な実験操作を行うヒューマノイド型ロボットを開発して実験を行ってきました。現在私達は、加速器研究者、ロボット研究者、医学研究者と協働してこのロボット技術によるα線放出核種の製造・精製・標識行程の自動化を進めています。さらに、情報工学研究者によるセンサーシステムを活用した制御技術や、数理科学者による機械学習機能の実装によって、事故予測や自律的な製造量最適化機能を実装し、一層安全なアイソトープの利用を目指しています(図1)。

α線医薬品の開発は多様な波及効果をもたらします

核化学の知見に基づいて加速器を用いて製造され、診断や治療などに利用可能な有用アイソトープは様々なドラッグデリバリーシステムと共に医薬品として開発が進み、その抗がん作用に関するコンセプト(POC)は幾つかの生物学的製剤で得られつつあります。今後我々は遅滞無く上市するための活動を進めていきますが、そのプロセスにおいては様々な波及効果を期待することができます。現在抗体を中心としているドラッグデリバリーシステムは、今後多様な癌腫に対して開発されると予想されますが、抗体自体にも多様性が生まれると考えられています。例えば、一般的な抗体と異なり、L鎖を持たずH鎖だけで形成される抗体が存在しますが、そのH鎖の可変領域はvariable domain of heavy chain of heavy chain antibody (VHH)抗体と呼ばれています。このVHH抗体は、通常の抗体の約1/10程度の大きさしかないので、従来隠れていた抗原部位を認識することが可能であるばかりか、熱やpHに安定であることから化学修飾や複合体化が容易であり、大量生産に適した、今後有力な医薬品素材です(図2)。
 α線放出核種の細胞ターゲティング機能は、現在悪性腫瘍細胞に対する死滅効果を達成するために活用していますが、加齢にともなって不要となる細胞の除去を通じて、生活習慣病などその他の疾患領域への応用が可能です。また、医療用アイソトープのニーズは、その製造に特化した加速器の製造開発を促すと予想されます。
 アイソトープの細胞殺傷効果を明らかにするためには、体内での動態をしらなければなりません。このため従来PETやSPECTを用いていましたが、ハードの開発改良が進んでいます。一方でZr-89等の新規PET核種供給やTc-99mなどのSPECT核種の国内製造も始まっています。
 アイソトープ総合センターは福島被災地の復興において、放射性医薬品の開発から製造承認、上市まで推進し、その周辺領域に関わる新規産業の育成を目指すと共に、新規技術による高度な医療による医療ツーリズムを目指すことによって地域産業振興に貢献したいと考えています。

図1. 学際的な放射線研究に基づくα線医薬品によって地域振興を目指す
図2. アイソトープ総合センター広野サテライト

本研究に関する研究費

  • 2015年度 挑戦的萌芽研究
    「BRAF遺伝子点突然変異頻度に基づく放射線影響評価」(研究代表者)
  • 2018〜2020年度 基盤研究(B)
    「短寿命α線医薬品製造工程における被ばくを抑制するロボティック精製・標識技術の開発」(研究代表者)
  • 2018〜33年度 JST-OPERA
    「安全・安心・スマートな長寿社会実現のための高度な量子アプリケーション技術の創出」(研究開発責任者)
  • 2019年〜2021年度 基盤研究(B)
    「超選択的デリバリー短寿命α線を用いた胃癌腹膜播種内照射療法の実験的検討(代表:野村幸世)」(分担研究者)
  • 2020年度~2022年度 国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))
    「治療用同位体製造と放射性医薬品合成の共同研究」(研究代表者)
  • 2023年〜2025年度 基盤研究(A)
    「α線放出核種と抗体ドラッグデリバリーシステムによる新規放射性医薬品の開発」(代表研究者)