電子線形加速器・活性炭法由来テクネチウム製剤の薬効を証明 ~テクネチウム製剤原料の国産化に拍車をかける~
1.発表者
- 張 宰雄 (研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 博士後期課程/現:東京大学 アイソトープ総合センター 助教)
- 上坂 充 (研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 原子力専攻 教授/現:内閣府原子力委員会 委員長)
- 秋光 信佳 (東京大学 アイソトープ総合センター 教授)
- 和田 洋一郎(東京大学 アイソトープ総合センター 教授)
- 熊倉 嘉貴 (埼玉医科大学 総合医療センター 教授)
- 菊永 英寿 (東北大学 電子光理学研究センター 准教授)
- 蓼沼 克嘉 (研究当時:株式会社化研 代表取締役会長/現:株式会社化研 技術顧問)
2.発表のポイント
- 電子線形加速器・活性炭法を用いて製造したテクネチウム製剤の薬効を証明した。
- 電子線形加速器・活性炭法を医療現場に展開するための科学的エビデンスが初めて得られた。
- テクネチウム製剤の原料である「テクネチウム99m」の国産化への貢献が期待される。
3.発表概要
テクネチウム99mは核医学検査で最も多く利用される医療用放射線同位元素(注1)であり、テクネチウム99mを含む医薬品を「テクネチウム製剤」といいます。東京大学大学院工学系研究科の張 宰雄 博士後期課程(研究当時)、上坂 充 教授(研究当時)、東京大学アイソトープ総合センターの秋光 信佳 教授、和田 洋一郎 教授、埼玉医科大学総合医療センターの熊倉 嘉貴 教授、東北大学電子光理学研究センターの菊永 英寿 准教授、株式会社化研の蓼沼 克嘉 代表取締役会長(研究当時)らは、電子線形加速器(注2)及び活性炭クロマトグラフィー装置(注3)(以下、「電子線形加速器・活性炭法」という)を用いて製造したテクネチウム製剤「過テクネチウム酸ナトリウム(注4)」の薬効を証明することに成功しました。
電子線形加速器・活性炭法で製造したテクネチウム製剤の薬効が証明されたのは初めてであり、本方法を実際の医療現場で利用するための科学的エビデンスの一つが得られたと言えます。さらに、電子線形加速器・活性炭法は国内設備のみでも運用が可能なため、本方法の医療現場への展開によるテクネチウム製剤原料の国産化も期待されます。
本研究成果は、2022年4月14日(日本時間)に米国放射性医薬品学会(Society of Radiopharmaceutical Sciences)の科学誌「Nuclear Medicine and Biology」オンライン版に掲載されました。
4.発表内容
<研究の背景・課題>
テクネチウム製剤の原料はテクネチウム99mで、また、テクネチウム99mの原料はモリブデン99です。言い換えれば、テクネチウム製剤の原料はモリブデン99です。近年、モリブデン99を製造する研究炉の老朽化に伴い、日本を含む各国へのモリブデン99の供給が不安定となっています。つい最近も、世界におけるモリブデン99需要の約30%を担うオランダの研究炉「HFR」が冷却システムの不具合により稼働を一時的に中止したため、日本のモリブデン99の輸入量が減少し、一部の病院ではテクネチウム製剤を必要とする検査がキャンセルされるなど影響を受けました。
日本はモリブデン99の世界生産量の約15%を消費する、単一の国としては米国に次ぐ2番目のモリブデン99消費大国です。しかしながら、日本で使われているモリブデン99の全量を海外研究炉からの輸入に頼っているため、前述のような海外研究炉の稼働中止が起きるたびに多くの患者に影響が及びます。その上、これから8年後にはモリブデン99を製造する海外研究炉8基のうち7基が稼働を中止する予定であるため、このままではモリブデン99供給不足が発生し、テクネチウム製剤による検査・診断ができなくなる恐れがあります(図1)。
今後、海外研究炉が稼働中止となった場合にも継続して病院にテクネチウム製剤を供給するためには、国内設備を用いてモリブデン99・テクネチウム99mを製造・供給する「国産モリブデン99・テクネチウム99mサプライチェーン」の構築が必要です。そこで本研究グループは、国内加速器設備と国産化学分離装置を組み合わせてモリブデン99・テクネチウム99mを製造する「電子線形加速器・活性炭法」を2015年に提案し、産学連携を通して研究開発を進めてまいりました。これまで主としてモリブデン99及びテクネチウム99mそれぞれの製造収率を向上させるための研究開発を行ってまいりましたが、本方法で製造したテクネチウム製剤の薬学的有効性を調べることまでは検討できておらず、本方法が実際の医療現場で利用できるかについては明らかになっていませんでした。そこで本研究では、最も一般的に使われるテクネチウム製剤である「過テクネチウム酸ナトリウム」を電子線形加速器・活性炭法を用いて製造し、マウスによる体内分布試験(注5)を行うことでその薬効を調べました。
<研究内容>
実験の概要を図2に示します。まず、東北大学電子光理学研究センターの大強度電子線形加速器を用いてモリブデン99を製造しました。次に、共同研究グループの株式会社化研が開発した活性炭クロマトグラフィー装置を用いてモリブデン99からテクネチウム99mを抽出し、過テクネチウム酸ナトリウムを調製しました。その後、過テクネチウム酸ナトリウムを健常なマウスに投与し、体内分布試験を行いました。最後に、市販の研究炉由来の過テクネチウム酸ナトリウムを用いて同様のマウス体内分布試験を行い、電子線形加速器・活性炭法のマウス体内分布試験結果との比較分析を行いました。
電子線形加速器・活性炭法由来の過テクネチウム酸ナトリウム、及び研究炉由来の過テクネチウム酸ナトリウムのマウス体内分布試験結果を図3に示します。合わせて6つの組織・臓器(血液、心臓、肝臓、腎臓、甲状腺、唾液腺)での過テクネチウム酸ナトリウムの摂取率を測定した結果、全ての組織・臓器において両方法の摂取率がほとんど変わらないことが分かりました。これは、電子線形加速器・活性炭法で製造した過テクネチウム酸ナトリウムが、従来の研究炉法で製造した過テクネチウム酸ナトリウムと同様の薬理効果を有することを示しています。
<社会的意義・今後の展望>
本研究によって、電子線形加速器・活性炭法によるテクネチウム製剤の薬効が示されました。電子線形加速器・活性炭法は国内加速器設備・国産化学分離装置に基づいた方法であるため、テクネチウム製剤原料「テクネチウム99m」の国産化に向けて一歩踏み出したとも言えます。電子線形加速器・活性炭法によるテクネチウム99mの国産化に成功すれば、海外研究炉8基のうち7基が稼働を中止する2030年にも、日本の医療現場ではテクネチウム製剤を支障なく活用できることが期待されます。
近年、電子線形加速器等の電子加速器を用いたモリブデン99製造方法の実用性が核医学業界でも認められ始め、米国ではNorthStar Medical Radioisotopesという企業が「IBA社製ロードトロン(電子加速器の一種)を用いたモリブデン99製造施設」を、日本では日本メジフィジックス株式会社が「電子線形加速器を用いたモリブデン99製造施設」を、それぞれ建設しています。こうした状況の中で、本研究で電子加速器由来テクネチウム製剤の薬効が示されたことは、電子加速器に基づいたモリブデン99製造法の更なる普及に貢献できると期待しています。
<謝辞>
本研究は、東京大学アイソトープ総合センターの共同利用(共同利用番号:19-10)及び東北大学電子光理学研究センターの共同利用(課題番号:2921)により行われました。
5.発表雑誌
- 雑誌名:「Nuclear Medicine and Biology」(オンライン版:2022年4月14日)
- 論文タイトル:A preliminary biodistribution study of [99mTc]sodium pertechnetate prepared from an electron linear accelerator and activated carbon-based 99mTc generator
- 著者:Jaewoong Jang*, Yoshitaka Kumakura, Katsuyoshi Tatenuma, Atsuko Nakanishi Ozeki, Youichiro Wada, Nobuyoshi Akimitsu, Akira Tsuguchi, Hidetoshi Kikunaga, Shogo Higaki, Mitsuru Uesaka
- DOI番号:10.1016/j.nucmedbio.2022.03.002
6.問い合わせ先
<研究に関すること>
東京大学 アイソトープ総合センター
助教 張 宰雄(じゃん じぇうん)
E-mail:jang@ric.u-tokyo.ac.jp
埼玉医科大学 総合医療センター
教授 熊倉 嘉貴(くまくら よしたか)
E-mail:ykuma@saitama-med.ac.jp
東北大学 電子光理学研究センター
准教授 菊永 英寿(きくなが ひでとし)
E-mail:kikunaga@lns.tohoku.ac.jp
株式会社化研
技術顧問 蓼沼 克嘉(たてぬま かつよし)
E-mail:tatenuma@kakenlabo.co.jp
<報道に関すること>
東京大学 アイソトープ総合センター 庶務係
E-mail:syomu.ric@gs.mail.u-tokyo.ac.jp
東北大学大学院理学研究科広報・アウトリーチ支援室
E-mail:sci-pr@mail.sci.tohoku.ac.jp
7.用語解説
(注1)医療用放射線同位元素放射線を放出する元素を放射線同位元素という。放射線同位元素のうち、病気の診断や治療に用いられるものを医療用放射線同位元素という。(注2)電子線形加速器高周波電場を用いて電子を直線的に加速する装置。(注3)活性炭クロマトグラフィー装置活性炭カラムを用いてモリブデン99からテクネチウム99mを分離・精製する装置。(注4)過テクネチウム酸ナトリウム過テクネチウム酸イオン(化学式TcO4−)を含む過テクネチウム酸塩(化学式NaTcO4)。テクネチウム製剤として甲状腺疾患の診断等によく用いられる。(注5)体内分布試験生体に投与された医薬品がどの組織・臓器に、どの程度の量・時間で摂取されるかを定量的に評価する試験。